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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)7102号 判決

原告

千代田産業株式会社

右代表者代表取締役

塚本英雄

右訴訟代理人弁護士

中根宏

市野澤邦夫

中川徹也

被告

江原三郎

被告

柿澤博

右両名訴訟代理人弁護士

戸井田啓治

主文

一  被告両名は、原告に対し、各目金一六五万七六二三円及びこれに対する昭和五八年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告両名の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名は、原告に対し、各自金四〇〇万六九六八円及びこれに対する昭和五八年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告両名の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告はガソリンスタンドの経営を業とする会社である。

被告江原三郎(以下「被告江原」という。)は、訴外株式会社江原鍍金(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であり、被告柿澤博(以下「被告柿澤」という。)は、右訴外会社の経理を含む総務を統括する取締役であつて、訴外会社は、実質的に右被告両名によつて経営されていた。

2  訴外会社は、原告から、別表1ないし5に記載のとおり、昭和五七年三月一日から同年七月三〇日までの間にガソリン、軽油及び重油等を代金合計五七〇万二九五一円で買い受けた。

3  訴外会社は、同社の売上げの約七〇パーセントを占める主要取引先であつた訴外富士重工業株式会社(以下「富士重工」という。)から昭和五七年七月限りで取引を打ち切られたため、同年八月二日手形の不渡りを出して倒産し、同月九日破産宣告を受け、原告の右2の債権は回収不能となつた。

4  訴外会社は、昭和四九年ころから慢性的な赤字基調に陥つていた。

すなわち、同社の売上高には取引先からの有償支給品の再売買が計上されているため、実質的な売上高は年間数千万円にすぎず、売上総利益において既に赤字の状態であつて、これから販売管理費を控除し、更に、営業外損益として、実質的売上高に匹敵する支払利息を減ずれば、多額の赤字決算となる経営状態であつた。

その結果、昭和五六年から同五七年にかけて、金融機関からの借入金残高も約六億円に達していたが、同社の不動産としては、僅か一〇〇〇万円余と評価される群馬県所在の太田工場のほかにはなく、昭和五六年秋ころには取引金融機関五行のうち四行が融資の引き揚げに走つていたから、主要取引先である富士重工との取引が全面的に停止されれば倒産は必至の状況にあつた。

5  しかるところ、訴外会社は、昭和五六年一二月、富士重工から、昭和五七年七月限りで取引を全面的に打ち切る旨を通告された。

訴外会社は、原告に対し、毎月末日締め翌月末日に四か月サイトの約束手形を交付する方法で売買代金の決済をしていたが、右通告の結果、昭和五七年三月一日以降の原告からの買受け分については代金を支払うことができない状態となつた。

6  しかるに、被告両名は、右の事情を知悉し、支払不能を予見しながら、昭和五七年三月一日以降も前記2のとおり継続的に訴外会社を買主として原告からガソリン等を買い入れた。

仮に、支払不能を予見しなかつたとしても、被告両名は、支払不能となることを予見することができたもので、これを予見しなかつたことについて過失がある。

したがつて、原告に生じた損害は、被告両名の共同不法行為によつて発生したものであり、被告両名は、原告に対し、民法第七〇九条及び第七一九条により損害を賠償する義務がある。

よつて、原告は、被告両名に対し、五七〇万二九五一円のうち破産事件の配当により填補された一六九万五九八三円を除く四〇〇万六九六八円及びこれに対する各不法行為の後である昭和五八年一一月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実のうち、原告に関する事実及び被告両名の役職は認めるが、訴外会社が被告両名によつて実質的に経営されていたとの点は否認する。

2  請求原因2の事実は知らない。

3  請求原因3の事実のうち、債権の回収が不能となつたことは争うが、その余の事実は認める。

4  請求原因4の事実のうち、訴外会社に群馬県所在の太田工場のほかには不動産がなく、金融機関からの借入金が約六億円にのぼつていたことは認めるが、その余は否認する。

5  請求原因5の事実のうち、訴外会社の原告に対する売買代金の決済方法は認めるが、その余は否認する。

訴外会社は、昭和五六年九月ころ、富士重工から昭和五七年八月以降発注量を五〇パーセント減らす旨の話を受けたが、これは訴外会社の総売上高からみて三五パーセント減となるため、社内の協力を得て、新規顧客の開拓、新技術の開発、省力化及び合理化を実行し、着々成果を得る見通しとなつた。ところが、昭和五七年六月に富士重工から同年七月限り発注を全面的に打ち切る旨通告がなされた。右通告は、諾否の回答を求めていたので訴外会社は拒否する旨の回答を出すとともに、発注継続を要請した。また、有力な得意先であつた訴外日野自動車工業株式会社に事情を打ち明けたところ、同社は発注量を増加する旨の申し出をしてくれたことで、富士重工からの発注が五〇パーセント減少しても、総売上げの減少は一五パーセント程度におさまり、前記の努力をすれば事業の継続は可能と判断された。その後、富士重工から何らの指示もなかつたところ、昭和五七年七月三〇日に至り発注打切りの最後通告がなされ、同時に富士重工からの有償支給品の代金と訴外会社の富士重工に対する売上金とが相殺された結果、訴外会社の入金予定が一挙に崩れ、決済資金がショートして、支払不能となつたものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実のうち、原告がガソリンスタンド経営を業としていること、被告江原が訴外会社の代表取締役であり、同柿澤が訴外会社の経理を含む総務を統括する取締役であつたことについてはいずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、昭和五七年の時点で訴外会社の発行済み株式総数七万二〇〇〇株のうち二万九六〇〇株を被告江原が、二万二六〇〇株を被告柿澤がそれぞれ所有し、右両名の有する持株数合計は発行済み株式総数の72.5パーセントを占めていたこと、被告江原の近親者の有する株式数を加えると被告江原一族の有する株式数は少くとも四万六八〇〇株、被告柿澤の近親者の有する株式数を加えると被告柿澤一族の有する株式数は少くとも二万三〇〇〇株となり、その合計は発行済み株式総数の96.94パーセントであつたこと、昭和五七年における訴外会社の取締役としては被告両名のほかには訴外江原初治がいるだけであつたこと、訴外会社の企業経営については被告両名が幹部社員と協議してこれを行つてきたが、後述する富士重工の取引打切り通告によつて生じた訴外会社の経営上の危機に際しては、企業存続のための打開策を被告両名が中心となつて立案作成したことが認められ、以上の各事実からすると、被告両名が訴外会社を実質的に共同して経営していたことが推認できる。

二そして、〈証拠〉を総合すると、訴外会社が原告から別表1ないし5に記載のとおり、継続的にガソリン等を購入したことが認められ、訴外会社が、請求原因3のとおり、その売上の七〇パーセントを占める取引先富士重工の取引打切りにより手形の不渡りを出し、破産宣告を受けて倒産した事実は当事者間に争いがない。

三そこで、原告主張の不法行為の成否に関して、訴外会社の経営状態がどのようであつたか、また、訴外会社が原告から本件ガソリン等を購入した当時、その弁済期に支払不能に陥ることを被告両名が予見し又は予見し得べかりしものであつたかについて判断する。

1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

訴外会社は、昭和四五年七月の設立以降、主として富士重工及び訴外日野自動車工業株式会社などの自動車メーカーの下請的立場で金属製バンパーの鍍金を業としてきていたが、昭和四八年一一月の第一次オイルショックを契機として自動車メーカーの減産傾向及び原材料費の上昇等により大幅欠損を余儀なくされ、昭和五一年ころ富士重工が増産傾向に転じた後も、乗用車のデラックス化に伴うバンパーの付属部品類の増加による有償支給材の水ぶくれ(売上高の約三分の二を占める)や装置の手間増大による現地組立て要員の増員の必要等が生じ、売上高の増加の割には売上総利益が少なく、赤字基調が続き、資金繰りも次第に窮屈となつた。しかして、昭和五六年から同五七年にかけて金融機関からの借入金残高は約六億円にのぼつていたが(この事実は当事者間に争いがない。)、その担保となつていたのは、訴外会社の所有不動産ではなく、訴外合資会社江原興発、同江原初治及び被告江原がそれぞれ所有する不動産であつた。

また、昭和五七年一月一日から同年八月九日までの間の損益は、売上総利益マイナス六億五六五二万五〇〇七円、営業損失七億四三三八万八三七四円、経常損失七億七八一三万九四〇九円であり、昭和五七年八月九日時点での流動資産は二億〇九五一万八三七三円(うち受取手形が一億四六七六万七二四三円)、固定資産は八〇六一万七八九七円、これに対して負債総額は一〇億三五八九万一三〇〇円であつた。

右のとおり認められ、この認定に反する証拠はない。

2  そして、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

右1に認定したとおりの損益及び財務の状況にあつた訴外会社に対し、富士重工は、昭和五六年九月、国内向け乗用車のバンパー樹脂化に伴い昭和五七年八月以降の訴外会社に対する発注量を半減する旨の予告をし、次いで昭和五六年一二月には、発注を全面的に打ち切る方針であるとの意向の表明をした。当時、訴外会社の富士重工に対する売上高は訴外会社の売上高の約七〇パーセントを占めていたから(富士重工に対する売上高の比重については当事者間に争いがない。)、富士重工の右意向どおり実行されるならば訴外会社は存亡の危機にさらされること必定であつた。

このため、被告江原らは、富士重工に対し、再考を働きかけるなどしたが、効果はなく、昭和五七年六月九日には、富士重工は、原告に対し、同年七月末限りで取引を打ち切る旨文書で通告し、同年七月三一日には、富士重工から原告に対する有償支給材売上代金の四〇パーセント回収繰り延べを取り消したうえ、右代金債権を自働債権として原告の訴外会社に対する売上代金債権を対当額で相殺し、以後原告との取引は終了した。

右相殺により、訴外会社の資金計画は忽ち行き詰まり、同年八月二日手形の不渡りを出して、同月九日には破産宣告を受けたものである。

右のとおり認定でき、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できない。

3  右1、2に認定判示した訴外会社の損益及び財務の状況、訴外会社の経営に占める富士重工との取引の重要性に鑑みると、昭和五六年一二月に富士重工からなされた取引全面打切りの予告は訴外会社にとつて死刑の宣告にも等しいものであつたというべく、富士重工において右方針を変更するか又は訴外会社において企業経営を存続するための特別の打開策をもたない限り訴外会社の倒産は必至であり、倒産に至つたときは、群馬県所在の時価一〇〇〇万円余の太田工場のほかには不動産を所有せず、かつ原告に対し毎月末日締め翌月末日四か月サイトの約束手形で売買代金の決済をしていた(これらの事実は当事者間に争いがない。)訴外会社としては、原告に対するガソリン等買受代金の相応の部分をその各弁済期に支払うことができなくなることは、訴外会社の経営に携わる被告両名にとつて明らかであつたものといわなければならない。

4  そこで、昭和五六年一二月の取引全面打切り予告以後、訴外会社においてどのような危機打開策が立案され、その実現の可能性がどの程度存在したかについて検討するに、〈証拠〉によれば、訴外会社は、昭和五六年一一月借入先の金融機関を同栄信用金庫一行に整理しかつ借入金を長期固定化するなど資金面を強化するとともに、同年一二月から翌五七年四月にかけて、不良品の低減、作業工程の効率化、予算管理の強化等の経営合理化を図り、また、富士重工との取引の減少に備えて、新得意先の開拓や無電解ニッケル鍍金への進出を図るなどの努力を重ねたこと、昭和五七年六月までは富士重工から従来通り継続して発注がなされており、被告両名は、訴外会社がこれまでに納期厳守、品質維持の要請に忠実にこたえ、良質のフロントバンパーを納入して富士重工に貢献してきたという自負から、富士重工が一方的にすべての取引を打ち切ることはなく、従来の取引額の五〇パーセントにあたる海外向けバンパーの発注は継続されるものと期待していたこと、そして昭和五七年六月九日の同年八月以降発注全面打切りの通告後も同年七月分までの受注を残していたため同年七月中は従前どおりの営業継続ができたのであるが、前記2のとおり七月末日をもつて富士重工から原告に対する有償支給売上代金の四〇パーセント回収繰り延べの措置が取り消され、訴外会社の原告に対する債権が相殺された結果、予想より早く同年八月二日の手形不渡りの事態を招来して、倒産するに至つたことがそれぞれ認められ、これらの事実によれば、昭和五六年一二月の取引全面打切りの予告の事実のみによつては、被告両名において同五七年三月一日以降の原告に対するガソリン等買掛金債務が弁済期に支払不能であることを予見し又は予見可能であつたものと直ちに推認することはできないものといわなければならない。

しかしながら、前記1で認定した訴外会社の損益及び財務の状況に照らせば、売上げが一挙に七割減少するという事態を右に認定した経営合理化の努力程度で乗り切れる道理はないし、前掲各証拠によれば、新規取引先開拓及び無電解ニッケル鍍金の新分野に進出の企図もこれといつた成果をもたらさなかつた事実が認められるから、被告両名にとつて、富士重工の方針変更がない限りは、前記昭和五七年六月九日の文書による通告により、同年八月以降は営業の存続が不可能となり、同年一一月以降に弁済期が到来することになる同年六月九日以降の原告に対するガソリン等買掛金債務の支払も不可能となることは明白であつたものと推認でき、〈証拠〉によれば、右文書通告以後被告らは富士重工に対し右通告の撤回を強硬に求めたにもかかわらず富士重工側の態度は変わらなかつたことが認められるから、被告両名においては、全面的取引打切りの確定通告があつた昭和五七年六月九日の翌日である同月一〇日以降原告から従来と同様に本件物品を買い入れた際には右代金の支払が不能になることを予見したはずであり、予見しなかつたとしてもこれにつき過失があるものといわなければならない。

四以上判示したところによれば、被告両名が訴外会社の経営の衝にあたる者として昭和五七年六月一〇日以降も慢然と原告と取引を継続し、よつて、原告に代金回収不能の売渡しをさせて損害を与えた行為は、被告両名の共同不法行為にあたり、被告両名は右取引によつて生じた原告の損害の賠償義務を負うものである。

しかして、〈証拠〉によれば、昭和五七年六月一〇日から同年七月三〇日までの間に原告が訴外会社に売り渡したガソリン等の日時・数量・金額は別表4及び5〈略〉の該当欄に記載のとおりで、その合計額は一六五万七六二三円であることが認められる。

五よつて、原告の本訴請求は、主文一項記載の限度で理由があるから右の限度で認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲守孝夫 裁判官木下徹信 裁判官飯塚宏)

別紙別表〈省略〉

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